神奈川県重症心身障害児(者)を守る会

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神奈川支部 : 谷口 久美




07月

津久井やまゆり園事件発生から5年経ち「命の尊厳は本人以外決定できるものではない」ことを改めて考えたい 相談役 中村紀夫

早いもので事件から5年が経とうとしている。

私が事件の一報を知ったのは、忘れもしない2016年7月26日早朝5時ごろ、県・守る会50周年記念誌の編集作業をしていた時、ふと手にしたスマホに「相模原の施設に暴漢侵入、19名が心肺停止」と速報されていたニュースを見てである。

それからの2週間ほどは、会としての声明文を出したり、やまゆり園を献花に訪れたり、記者会見で「障害者の命を守る」ことをアピールしたり、あわただしく過ぎたが、そうしている間にも、日々明らかにされる事件の異様さ、残虐さに打ちのめされたのを昨日のことのように覚えている。

1.事件が、19人の殺人事件、26人の傷害事件であることを忘れてはならない

犯人植松聖は、入所者に一人一人話しかけ、意思疎通が難しいと思われた被害者を一人について何度も何度もナイフを刺して殺していったという。無抵抗な人を刃物で殺す、命を落とした19人の他に26人にも切りつけ重い怪我を負わせている。こうして書くこともおぞましい。植松がなぜ犯行を犯したのか、さまざまな解釈を言う人がいる。

馬鹿なことに、哲学者ニーチェの思想に近いという学者だの、講演会で植松の事を「さん」付けで心理分析してみせる心理学者もいる(偶々その講演会を聴いた守る会会員の一人は、あまりの事に途中気持ちが悪くなって退席したそうだが)。

植松は美醜に敏感として、彼が描いた絵を一面記事に掲載した新聞さえある。犯人についてどのような解釈をしようと勝手だが、犯した犯行の残忍さ、非人間性から目を背けてはならない。言うまでもなく殺された方たちは、障害者である前に「人間」なのだ。

19人の被害者を障害者というくくり方にすることによって、無抵抗の「人間」ひとりひとりを19回殺したという非道性から少しでも目をそらさせることがあれば、私たちはそれを許してはならない。

2.犯人が死刑という結審で事件は終わったか

「汝殺すなかれ」が人の守るべき最後の倫理とする考えから死刑廃止論を言う方もいるが、今回の事件では、終身刑がない以上死刑判決以外あり得ない。本当は、終身拘束(終身刑)の中で罪と向き合ってもらう方が、本人にとってより厳しい罰とも思うのだが。

犯人に罪と向き合ってもらいたいと思うと同時に、私たちもこの事件から逃げてはいけない。特に、事件から得た教訓をこれからに生かさなければ、犠牲になった方々も浮かばれない。事件が起きた遠因を振り返る時に、果たして当時の津久井やまゆり園が健全に運営されていたのか改めて検証することも必要だろう。

犯人植松が障害者に対し否定的な考えを持つに至った一つの要因として、園の雰囲気に問題は無かったのだろうか。ここまでひどいことが起きる前に、ちょっとした虐待行為とか、スタッフと入所者、あるいはスタッフ同士の間のトラブルは無かったのか。スタッフと園全体が、明るく前向きな風土を保てていれば、植松のような異分子を生み出すことも無かったかもしれないと思うのは楽観的過ぎるだろうか。

事件のあまりの悲惨さに、私たちはついつい植松の特異性にばかり目が行くが、5年経った今、現場となった園の風土が当時どうだったかを検証することが、これからの有益な策に繋がると考える。また、私たちの立場でできることで言えば、家族会はうまく機能していたのか、家族が入所者の生活に関心を持っていたか、可能な限り面会など時間をさくようにしていたかなども改めて問う必要がある。

この事件を裁判の結審で終わらせることなく、何故事件が起きてしまったのかを再度検証し、その反省に立ってこれからの障害者の療育環境改善に取り組んでいくことが、亡くなられた方々へのせめてもの手向けになるだろう。

3.この5年間を振り返って

事件が起きた当初と裁判が行われている間は、世間の耳目を集めたが、特にこの1年半は新型コロナ禍もあり、世間の話題としては遠のいたようにも思える。

その中にあって、この7月4日には完全に新しく立て直された園の開所式があり、8月1日には希望者が入所する。また7月20日には犠牲者の追悼式典が開かれ、そこで慰霊塔「鎮魂のモニュメント」が披露されるという。行政、特に神奈川県がこの5年間本当によく事件後のフォローをしてくださった一つの結実点ともいえるだろう。

関係者の皆さまに改めて感謝したい。

私たち守る会としては、当初の声明文発表や記者会見などを通じて社会に訴える活動を行ったほか、昨年地元紙に掲載された犯人を持ち上げるかのような記事に対し厳重抗議をするなど重い障害者に対する理解を訴え続ける活動をしてきたが、先ほど述べた事件からの教訓を生かす活動は必ずしも十分とは言えない。

先ずは、コロナ禍のため満足に会合も開けなかった家族会の再建、守る会活動を通じて重心施設の療育環境改善など身近なことから取り組んでいきたい。